イタリアの筆記具メーカーが好んで使うデザインの一つに「グレカ・パターン」と呼ばれる模様があります。
近年ではアウロラ社の「オプティマ」シリーズなんかが代表的ですね。

実際には、モンテグラッパ、デルタ(現在、開店休業中と化していますが)、オマス(こちらは本当に廃業になってしまいましたが)なども、グレカ・パターンを用いたペンを作っています。

これほどひと目で「イタリア製だな~」とすぐに分かる、イタリア製筆記具の代表的なデザイン「グレカ・パターン」ですがネット上では案外、この「グレカ・パターン」とは何なのか、情報が錯綜しているようです。
よく、ラーメン鉢に描かれている模様に似ているとか言われていますが、確かにそっくりです。日本人の場合、筆記具の世界で初めてこの模様に触れた人にとっては、多分、他のイメージは出てこないでしょう。その辺も、情報が錯綜する原因の一つなのではないかと思います。
「ラーメン鉢とイタリアの筆記具に何の関係があるんだ?」から始めたら、当然、話はすぐに明後日の方向に行ってしまいますからね。
「禍福は糾える縄の如し」というような説はまさに、この典型例と言えます。
多くの情報が錯綜しているので、ここで、この「グレカ・パターン」とは、そもそも何なのかについて一度触れておこうと思います。

さて、この情報錯綜は、そもそもイタリアメーカーが世界にこの模様を「グレカ・パターン」と銘打って宣伝してしまっている事から来る混乱でもあります。
何故ならなば、当のイタリア人達はこの模様を良く知っていますが「グレカ・パターン」などとは呼ばないのです。
この「グレカ・パターン」という用語ですが、これはイタリア語と英語をくっつけた、主にデザインの世界でだけ用いられる英語の造語です。
「禍福は云々」は多分に日本で広がるまでの間に尾ひれのついた噂話程度の事で、このパターン自体の出どころは実はデザインの世界では良く知られているのです。

さて、「グレカ・パターン」は造語と言いましたが、この模様をイタリア人自身は「meandro(発音はメアンドロに近いです)」と呼びます。寧ろ、そう言わないと通じないと思ってよいです。
そうですね。Googleで「メアンドロス 模様」や「ギリシャ 模様」で検索してみてください。
オプティマに刻印されている模様とよく似た色々なパターンが見られます。
「greca pattern」でヒットするのが英語のサイトばかりな事からも、イタリア人の言葉ではない事が分かります。

この「greca(グレカ)」はイタリア語の「grecia(グレチャ)」の格変化形で端的に言えば「ギリシャの」「ギリシャ風の」という意味です。
つまり「グレカ・パターン」はイタリア語を組み合わせた英語(の造語)で「ギリシャの模様」と言っているのです。
イタリア語の「メアンドロ」はギリシャ語「メアンドロス」が元になった言葉ですが、これは小アジアに実在する河の名前から来ているのではないかと考えられています。非常に蛇行した河であり、言葉自体も模様の名前だけでなく「蛇行」という意味を持っています。

何にせよ、その名の通り、元々「グレカ・パターン」はイタリア由来の模様でも古代ローマ由来の模様でもありません。古代ギリシャ由来の模様です。

では、イタリアの筆記具メーカーが何故、この模様を好んで使うのか疑問かもしれません。
しかし、これはむしろ当たり前の事なのです。

イタリア半島で最初に文明的な町を作った人々がどこの誰かご存知でしょうか。
南イタリアの沿岸部に植民してきたギリシャ人たちです。紀元前の古代ローマ建国以前に遡ると考えられています。
その後、南イタリアには中世に至るまで、ギリシャの影響はビザンツ帝国の影響力として残り続けます。ですから、今でも南イタリアには、イタリアというよりはギリシャ風の町や建物が多く存在します。

そして、古代に植民してきたギリシャ人たちは、その頃から建築物などに「メアンドロス模様」を彫り込みました。扱う織物等にも用いていたでしょう。
古代イタリア半島に住んだラテン人(後のローマ人の祖)は彼らとの通商の中でその模様を自文化に取り入れました。そして、古代ローマ建国以来、南イタリアも版図に早くから組み込んだ彼らにとって、メアンドロスは典型的な装飾模様の一つとして受け入れられました。それが、当時、文化的にローマよりも先を行っていたギリシャの伝統模様であったことも影響したのでしょう。

そして、今でもイタリアの伝統模様(もちろんギリシャでも伝統模様です。オリジナルですからね)として、デザインやファッションの世界で生き続けている、という訳です。

今回はちょっとした豆知識についてのお話でした。